ふらり、観音の里から雨森へ

近江の国の湖北には、大事にされてきた多くの観音様と芳洲さんの優しい心が生きています

近江の国の北、長浜の木之本近くには、観音の里と呼ばれるところが有ります。JR北陸線の高月で降りると、5分ほどで湖北の観音様の代表格渡岸寺(どうがんじ)の観音様にお会いすることができます。

奈良時代に疱瘡の除災の為に、泰澄大師に聖武天皇が命じて、11面観音を祀らせたとあります。織田信長と浅井長政の戦火の際住民の手により土中に埋められ難を逃れられたとか。以前は里人の手によってお祀りされていましたが、国宝の指定を受け、国費で収蔵庫に収められるに及んで真宗大谷派の末寺の形を取り(真宗では観音様や大日如来様を祀る形はとりません)現在に至っています。

その少し腰をひねられた色っぽいお姿や、わずかにあげた右足は今にも人々を救うために歩きださんとする気持ちを表し、ありえないほど長い右手も少しの違和感もなく優しさを伝えています。ただ、国費で出来た収蔵庫が少し違和感が有りました。

向源寺の住職の説明によりますと、一木造りでこれほどヒビもなくきれいなお姿でおられるのはこの観音様以外にはなく、学術調査の際に内部をどうやって刳り貫かれたかさんざん調べられたのですが、判明せず奇跡としか言いようがないとのお話でした。

近江の観音様の多くは竹生島の方を向いておられるとか。以前はそちらを向いておられて様に記憶していますが、現在は南を向いているとの説明に少し違和感が残ってしまいます。

観音の里から、野の道を歩いて15分ほど北東に進むと、対馬藩に仕官し朝鮮通信使の真文使(今の外交官)を務めた、雨森芳洲の出生地が有り資料館が芳洲庵として整備されています。芳洲庵を核とした地域の街づくりの取り組みがきれいな形でなされています。

微妙な関係のお隣の国との友好的なおつきあいをされた先人の心に触れてみるのは如何でしょうか。

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